wonder wonderful
65.




 けっこう似合ってると思わない? 王宮の侍女服だけあって、思っていたよりずっと良い仕立てね。今度うちでも作り直そうかしら。スカートの端を軽くつまんで見せるシルヴィに、軽く眩暈を感じる。隊長がシルヴィに関しては言葉を濁していた、あのなんとも言えず微妙な表情の意味の一旦を垣間見た気がする。
「言っとくけど、全然似合ってないからね」
 美人は服を選ばないっていうのは嘘。明らかにシルヴィ本人の持っている雰囲気が「侍女」じゃないもの。育ちって顕著に表れるものなのよ。くそう。侍女服着てなんの違和感もない自分がいっそ愛しいわ。労働者万歳!
「大体、シルヴィこんなところでなにしてるの。一人で来たの?」
 この人ものすごいところのお嬢様なんじゃなかったっけ。西側なんて勝手に来たりして大丈夫なの?
 付き添いでもいるのかと辺りを見回したけどそれらしき人物は見当たらない。
「お帰り下さるよう、お願い申し上げたのですが」
 お持ちします、とごく自然に私が手にしていたバッグを奪いながら、ヨーサムが身を屈めて少しだけ声をひそめた。眉間に寄った皺が今日は困惑皺だ。あはは。シルヴィ相手じゃヨーサムも困ったんだろうなぁ。どう考えてもぶっちぎりでシルヴィの方が強いもん。
「ひどいこと言うわね。子どもじゃあるまいし、どこへだって一人で行くわよ。忙しそうだからコカゲを手伝おうと思っただけじゃない。それなのにこの子が怖い顔して帰れって言うのよ」
 当たり前だ。
 腰に手を当てたシルヴィに小さく睨まれて、ヨーサムは眉をぴくりとさせた。たぶんこれは、心外、のサイン。お疲れ様、の気持ちを込めて心持ち固まっているヨーサムの腕を軽く叩いて、さっさとこの好奇心旺盛なお嬢様を部屋に連れ帰る事にする。どう考えても、この人にこんな所うろついてられると泣くほど困る人が何人もいるはずなのだ。シルヴィ付きの侍女とか、衛兵とかその他諸々ね。
 さっさと戻るよ、とシルヴィの手を引っ張りかけたら珍しくヨーサムが私たちを制した。
「コカゲ様、すぐに戻って参りますのでこちらでお待ち頂いても宜しいでしょうか?」
「ん? いいけど。どうしたの?」
 質問に答えず、ヨーサムはもう一度すぐに戻りますのでと慇懃に礼をすると足早にその場を去る。あれ、本当に珍しいな。ヨーサムって基本的に仕事中に持ち場を離れたりする子じゃないんだけど。
 でもまあ、ヨーサムがすぐに戻ってくると言ったなら戻ってくるだろうと、私とシルヴィは西門前から王宮の周囲を巡る石の廊下の辺りまで移動して、目立たないように柱の影に隠れていることにした。
「そもそも、よくそんな格好する気になったね」
 偏見だけど、シルヴィほどのお嬢様がシモジモの者たちの服を身にまとうなんてありえないのかと思ってた。
「あら、あなたに侍女服の効果を教えたのは誰だったかしら?」
 茶目っ気たっぷりに答えるシルヴィを見て、唖然としたわよ。
「実践、実証済みってこと?」
 当然。顎をつん、と反らして得意気に頷くシルヴィに私は笑うしかない。なんだこの行動力満点なお嬢様は。……でも、それって必要があったからそんなことしたんだよね。今ザキくんを身近で見てるもんだから、いかに彼らにプライベートというものがないのか日々驚きの連続だ。貴族のご令嬢方なんて、それこそ二十四時間体制で誰か傍についてるんだもの。私だったらとっくに発狂してる。
「そんなことよりも」
 お嬢様も大変だぁ、としみじみその苦労を思い遣っていたというのに、円柱に背を預けていた私の左腕に寄り添うようにして、するりとシルヴィの腕が巻きついた。もう馴染みになったシルヴィの甘い香りと共に漂う嫌な予感。
「さっきの子、誰? その花、ダイランからって」
 興味津々、と顔に全開で書いてある。
 ヨーサムに手荷物を持ってもらった時も、なんとなくこれは持ったままだった小さな花束をシルヴィは覗きこんだ。マーガレットみたい。十本くらいが、素っ気無いくらい簡単に赤い紐で束ねられている。
「想いを伝える花なんて、素敵ね」
 さっきのからかうような空気が消えて、花に顔を寄せシルヴィはその香りを感じるように瞳を閉じた。
「……意味、知ってるの?」
「いいえ。でも、男性が女性に花を贈る意味なんて」
 ねえ、と私を見上げて思わせぶりな表情したって私はなんにも答えませんからね!
「コカゲったら。そんな話この前は教えてくれなかったじゃない。聞かせてよ」
「駄目」
 そもそもがそんな話をするように生まれついていない。終わった恋ならまだしも。特に今回のダイランのことは、誰かの好奇心を満足させるために聞かせたい話じゃないから。
 どうして、と唇を尖らせるシルヴィになんて諦めさせようかなと考えていたらものすごい助け舟が走ってきた。
「シルヴィアナ様!」
 私はまだ聞きなれていないその深い声に、左隣の空気が一気に緊張した。
 おやと声のした方向を見ると、ライオスが駆けてくるところだった。仕事中は束ねているはずの髪が今日は流されていて、それが抜群のストレートだということに気付いた。うわ、綺麗……。その後ろからヨーサムがついてきていることにも気付く。
「ど、どうして。なんでライオスが来るの? コカゲ隠して!」
 面白いほどに青ざめたシルヴィが私を盾にしたけど、それ無理だから。どう頑張っても隠れられないから。
 あっという間に私たちの前までやってきたライオスが怒っていることなんてすぐに分かった。ヘイゼルの瞳、というものを私は彼で初めて知ったのでいつもライオスが目の前に立つとなんとなく見つめてしまう(そしてシルヴィに何度か怒られた)
 彼の怒りの対象がシルヴィだなんてことは分かりきっていたので、私はどうぞ、と背中のシルヴィをライオスに差し出した。ライオスを前にすると、シルヴィは冗談みたいに可愛らしくなる。
「あなたは! 一体、こんな所でなにをなさっているのですか! 侍女の服まで……! いい年をして、いい加減にご自分のお立場をお考え下さい」
 あわわわ。
 隣りで聞いていて、なんとなく私も俯き加減になってしまう。いい年して、私も侍女服着てるんですけど……。
 ヨーサムがライオスの後ろで小さく会釈したのに気付いて、肩をすくめて見せた。やるな、ヨーサム。シルヴィに言うこと聞かせられるのって、実際ライオスだけだもんね。
「また供の者たちを撒いたのですか? あの者たちの気持ちも考えてやりなさいと何度言ったら……」
 また、って言った。ライオスが今、「また」って。吹き出しそうになるのをなんとか堪えるけどたまんない。なんでヨーサム無表情かなぁ。おかしくない? この人たち。
 シルヴィにその存在を聞かされてからライオスという人を認識するようになったんだけど、隊長の傍にいるこの人はそんなに口数の多い印象ではない。ヨーサムほど無口でも勿論ないんだけど。副隊長だからなのかどうか、よくよく会議に出ている隊長の代わりに隊の訓練なんかの指導をしているのはこの人で、シルヴィによると「本気を出せば絶対ルカナートには負けない。顔もライオスの方が圧倒的に素敵」なのだそうだ。たまたま傍でそれを聞いていたシーリーが後で「隊長、言っとくけどぶっちぎりで強ぇから。ライオス様もお強いけど、隊長に一回も勝ったことねぇし」と耳打ちしてきたけど(シーリーって、何気に隊長に懐いてるんだよね)タイプで言うなら冷静沈着系。参謀、と呼ぶほどではないか。
 時間を縫ってはライオスへの接近を図るシルヴィを警戒していることはなんとなく私にも分かって、それはシルヴィ本人も勿論知っている。だから彼女がライオスを見に行く時は、一番最初に練兵場へ忍びこんだ時みたいに遠くからになる。今回の件で打合せのために私とライオスがザキくんの部屋や隊長の執務室で同席するそれですらシルヴィには羨望の対象で、心底私を羨ましがる彼女に時々申し訳ない気分になる。でも実際会議で見るライオスは実務レベルの話しかしないわけで。
 だから今こんな風にシルヴィに感情を露にしているライオスは私にとっては初めてで、新鮮だった。
 聞いている限り、ライオスの怒り方って近しい人へのそれで、ふーんと思ってしまう。本当に、何回言っても悪さする子どもに怒って聞かせるようなんだもん。
 さっきまで目をきらきらさせて私から話を聞き出そうとしていたシルヴィは、しょんぼりとした風情で自分の足元を見つめてライオスのお説教に耐えていたけれど、次第に彼女のまとう空気が変わっていくことに私が気付いたのは同じ女性だったからなのか。
 最初は体の前で上品に畏まっていた両手がいつの間にかだらりと両脇に下がり、ゆっくりゆっくりと拳になっていく。横目でそれに気付いた時にはびっくりした。
 あれ。それちょっと待って。まずいんじゃないか。シルヴィ、それはまずいって。
 まあ、シルヴィの立場にしてみればね。いっつも遠目から見ることしか許してくれない人が久々に目の前に現れて、いきなりくどくどお説教じゃ怒りもわいてくるってものなんだろうけど。
 止めた方がいいんだろうか。
「まったくあなたは、どうしてそう私を困らせるようなことばかりなさるのですか」
 はぁ、と風で乱れた髪をかきあげ、目を閉じて彼が溜息をついた瞬間だった。
 隣りの空気がざっと動いたかと思うと、シルヴィは頭ひとつ分上にあるライオスの頬を両手でつかんで引き寄せ、自分は一歩踏み出し背伸びをすると、噛み付くみたいに口付けた。

「久々に私に会いに来て! そんなくだらないことなんて聞きたくないわ! ライオスなんて、もっともっと困ればいいのよ!」

 ぎゃあああああ!
 きゃあああああ!
 ヨーサムヨーサムヨーサムー!!
「コ、コカゲ様!」
 退避! 散開! 今すぐこの場から離れて!
 ぼけらっと突っ立っていたヨーサムの手を引っ掴むと、後も見ずに駆け出す。
 シルヴィ! それは予定外! 私の中でとっても予定外だった!

 方向も考えずに走り出したわけだけど、
「お前ら、なにやってんだ」
 聞きなれた声が前方からやって来て、どうやら練兵場の方へ向かってきていたことに気がついた。ああああびっくりしたぁ。全力疾走、疲れた……。
 肩でぜえぜえ息してると、あの、と躊躇ったようなヨーサムの声。なに?
「コカゲ様、あの、手を」
 振り返ると、息ひとつ乱していないヨーサムが私に繋がれたままの右手を非常に困った顔で見ている。ああ、ごめんごめん。あんたも駄目だよ、ああいう時はさくっと逃げなきゃ。
 そういうことを伝えたかったけど、まだ息が元に戻らない私は、ごめ、と途切れ途切れに言いながら手を離すのでいっぱいいっぱいだった。
「なにかあったのか?」
 書類を小脇に抱えた隊長に、なにもないよと首を振って見せたけどそりゃ信憑性ないですよね。なんとか呼吸を整える。
「ちょっと純情可憐な私には刺激の強すぎることが起きたから」
 いやあ。友達のラブシーンとかあんまり見たくないですよね。すごいなシルヴィ。どきどきしちゃったよ。
「なに言ってるんだこの馬鹿は」
 あっさりスルーかよ。
 隊長は心底馬鹿にした目つきで私を見下ろすと、隣りのヨーサムに視線を移した。
「ライオスを見なかったか?」
 なに!
「ライオス様でしたら」
 ばかヨーサム!
 当然のように答えようとするヨーサムの前に割り込んで、隊長がこれ以上歩き出さないように両手を彼の体の前に突き出した。
「ああああ駄目! 隊長、駄目なの。今取り込み中だから! もうちょっと待って」
「ああ?」
「本当に、もうちょっとでいいから、ね」
「なんだ」
 このセリフはヨーサムに向けて。上司権限使うなんて卑怯だ、隊長。
 それでも私の言葉に少しは躊躇いを覚えたのか、ヨーサムがこちらを気遣うようにして口を開いたのが分かった。……結局は答えるのがヨーサムなんだけどね。うん、あんたは悪くないよ。分かってる。
「シルヴィアナ様とお会いになられています」
「……そうか」
 途端、なにもかも納得したという視線が私に返ってきた。それはそれですごいな。
 その返答に、これまでの隊長とシルヴィの関係も凝縮されているような気がしてちょっとおかしい。
 くすりと笑って、そう言えば隊長と打合せ以外で会うのも久々だっていうことに気付いた。実務に入ってしまうと関わる部署が全然違うから、それこそ一日会わなかったりもするのだ。会ったとしてもザキくんに報告にきてるところを見かけたり会議してる場所で姿を見かけたりで、日常会話を交わすことも減っていた。
「なんだその花。セイリナか。町の連中か?」
 ふと視線を感じると、隊長が私の右手を見ている。
 今の騒ぎで存在を忘れかけていたけど、しっかり握り締めていたから落とさずに済んだみたいだ。でもまさかそんなことを隊長が言い出すとも思っていなかったからびっくりする。
「知ってるの?」
「まあ、な」
 意外―。男の人って花の名前とか基本的に疎いじゃん。
 あ、ていうことはダイランから、とかばれるんだろうか。それは嫌。なんとなくそういうことでからかわれたり遊ばれたりするのは嫌だ。
 かわそう、と思ったら
「……聖女候補、今日は集まったのか。これ、お前の働き先の連中からだろ?」
「え、う、うん」
 なんだその反応。え、どういう意味? ダイランのこと言ってるわけじゃない……よね?
 怪訝な表情をする私に、隊長はやっと気付いたみたいだった。
「意味も知らずに貰ったのか。失礼な奴だな」
「そんなこと言われたって……どういう意味なの?」
 シルヴィが言っていたのとはまた違う空気を感じて、知りたくなった。隊長にこんなこと教えて貰うのって変な感じだけど。隊長本人には違和感ないらしい。
「セイリナは町じゃよく贈られてる。贈る相手と状況で意味が多少変わってくるが。今のお前にだったら、応援だろ」
「……応援?」
「お前、王宮の侍女服着て町の連中の前に出て聖女候補の選別しといて、なんて自分の事説明したんだ」
 あ、そうか。
「この花ってそういう意味で使うの? 親兄弟とか友達同士とかでも応援したいときに贈るの?」
 今隊長が言ってるのは、つまり、ミーナがここで働いてる私を応援するためにその花をくれたんだろうってことでしょ? それじゃあダイランも同じ意味? ミーナが言ってた。この花の意味を知っているのか、って。
「基本的には気持ちを贈るための花だからな。感謝も謝罪も応援も情愛も告白も、状況によりけりだ」
「……そ、そうなんだ」
 どれ。
 どれよ、ダイラン!?
 手元の花を握り締めながら、隊長の言葉で余計に混乱した。うわああ。
「く、詳しいね、隊長」
 なんとなくこの動揺を覚られたくなくて無理矢理言葉をつなぐ。
「シルヴィなんて全然知らなかったみたいだけど」
 あ、男の人が花の種類とか意味とか詳しいって、つまりそれだけ接する回数が多いってことじゃん!
 その知識は女性関係の多さに付随したものでしょうか! とかなんとか考えていたら、当の本人はあっさりとそうだろうな、と頷いた。
「あいつは知らなくて当然だ。ヨーサム、お前も見たことないだろう?」
「はい」
 あ、そうだった。ヨーサムいたんだった。背後からあがった声にびくりとする。ごめん。
「どうして?」
「庶民寄りの花だからさ。その辺の道端にでも咲いてる。で、人数は? 集まりそうなのか?」
 その庶民寄りの花のご事情に詳しいのって、どういうことなんでしょうね隊長サマ、と突っ込むのは今日はやめておこう。墓穴掘るの嫌だし。
「ええ? うん、とりあえず今日十人にはもうお願いしといた。明日またミーナが友達に声かけてくれるって」
 意外と隊長はこういうこと把握してるんだよね。まあ、ザキくんのところに必ず進捗状況の報告には行ってるんだけどさ。……隊長は、今私がやってること、シーリーみたいに無駄なことだとは思っていないんだろうか。
 どうなの?
「よかったな」
「う、うん」
 ふと心の中をよぎった疑問に答えるように言うからぎょっとした。
 なんでちょっと笑ってるのかもよく分からなくて、目をぱちぱちしてしまう。そんな私に気付かず、隊長は踵を返した。
「ほら、早く部屋に戻れ。今日、ザキと昼からだろう? そろそろ支度に入らないと間に合わくなるぞ」
「あ、そうだった。やばい、ありがと。ヨーサム、帰ろう」
 シルヴィたちがまだ同じ場所にいるかどうか分からなかったけれど、やっぱりそっち側を通る勇気はなくて、私はヨーサムと二人西側から少し遠回りして部屋に戻った。
 まだ午前中だっていうのに、冗談みたいに疲れたなぁ。
 貰った花をとりあえずは部屋にあったグラスに挿して、指で弾いた。
 ……謝罪と、応援と、……情愛?
 ダイランのことを考えると、どれもが混ざり合っているのが一番正しい気がした。











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